プロフィール

しゅう
しゅう

こんにちは。しゅうです。

当ブログを訪問していただき、感謝してます!

私は現在、総合病院に勤務していますが、それまでに転職を4回経験しています。

ここでは私の過去の転職歴について少しお話します。

新卒採用

私は学生時代、理系の大学に通っていました。

理系ということもあり、就職先はメーカーを考えていました。

私の地元に工場があるメーカーを第一志望と決め、採用試験を受けましたが、結果は不採用!

次はどうしようかなと考えていたところ、研究室の教授から、「創業者がスゴい会社があるけど受けてみないか」と話がありました。

この教授がすすめてくれたのが大手メーカーであり、スゴい創業者というのが稲盛和夫さんでした。

あまり深く考えずに採用試験を受けたところ、結果は採用!

こうして新卒で大手メーカーに勤務することになりました。

配属先は情報システム部門で、自社工場への新規システム導入やシステム運用サポートを中心に行う部署に配属されました。

1回目の転職

情報システム部門でキャリアをスタートさせた私ですが、当時、大手企業では情報システム部門を分社化する動きが広がっていました。

私が勤めていた大手メーカーも私が入社2年目の時に分社化が行われました。

メーカーに入社して安泰と思っていたのも束の間、荒波の中に放り出された感じでした。

私は出向という形で、新しくできたIT企業で働くことになりました。

新しくできた企業では、親会社となったメーカーのシステムサポートとともに、外貨を稼ぐために親会社以外の企業に対しても情報システムの提案・開発・導入をする必要に迫られました。

こうして、私は工場内での勤務は変わらなかったものの、工場のシステムサポート部門から、新規商品開発部門へ異動となりました。

新規商品開発部門では、新システムの企画から設計、開発管理、お客様へのシステム導入、導入後のサポートまでを担当しました。

そして気がつけば、入社10年を超え、30代になっていました。

私が所属していた新規商品開発部門はいくつかの拠点に分かれていましたが、本社に開発の応援で長期出張することも何度かありました。

それからしばらくして、本社への転勤要請がありました。

全国転勤のある企業で転勤を断るというのはあまりないと思いますが、私はどうも本社は合わないし、今いるメンバーと一緒に働きたいという気持ちが強かったので、その要請を断りました

それから半年が経った頃、私にもう一度転勤要請がありました。

ちょうど結婚したタイミングとも重なったため、今は動ける時期ではないと転勤要請を断りましたが、もうこれ以上は断れないなと思い、それならば、いっそのこと転職するか、と考えるようになりました。

そして色々と考えた末、私の地元にUターンすることにしました。

転職先は地元のIT企業でした。

当時、地元のIT企業が新たな事業をはじめたところで、その事業に関わる人を募集しており、タイミングよく採用となりました。

大手IT企業から地元の中小IT企業への転職ということもあり、大幅な年収ダウンとなりましたが、仕事に魅力があり、地元にも貢献できるので、転職を決めました。

2回目の転職

地元の中小IT企業にUターンした私は、ITシステム開発やネットワーク構築の提案をするチームの責任者となりました。

メンバーが潤沢にいるわけではなかったので、顧客への提案のほか、新サービスの企画やプロジェクト管理、システム導入後の運用サポートなど幅広く行ってきました。

このように仕事は多岐に渡りハードでしたが、その分、やりがいや面白みも感じていましたし、仕事に誇りを持っていました

ただし、仕事量が多く、帰宅が遅くなることが常でしたし、土日など休日に起こるシステムトラブルの第一報も私の携帯にかかってくるようになっていました。

Uターン転職して10年は仕事漬けの日々でした。

その後、この会社で社長交代があり、経営スタイルが大きく変わりました。

具体的には、短期的な利益追求のため、新サービスの開発はすべて中止、既存のサービスのみを営業することになりしました。

新たな社長は異業種から天下ってきたこともあり、IT業界のことは全く分からない方でした。

そして、私が尊敬する上司を左遷、自分の取り巻きを部署のトップに据えました。

さらに私が所属していた企画・開発部門は廃止され、私は営業部門に異動となり、営業担当のサポートをすることになりました。

このように社長交代で別の会社のようになり、「この会社に未来はない」と感じ、私は転職を決意しました。

私は40歳を超えていましたので、これが最後の転職活動になるのかな、と考えていました。

実際にはその後、何度か転職をすることになりますが・・

転職活動は、私の経験が活かせるIT業界、そして今住んでいる市、またはその近隣に絞って行いました。

幸い、私の元同僚が勤めているITベンチャーに職を得ることができました。

元同僚からの紹介による転職、いわゆるリファラル採用です。

IT業界ではリファラル採用が他の業界よりも多く行われているのではないかと思います。

3回目の転職

転職したITベンチャーは、開発グループ、マーケティンググループ、管理グループがあり、私は開発グループの責任者になりました。

ITベンチャーに転職して一番に感じたのは前職との業務スタイルの違いでした

スーツでの勤務から私服での勤務へ、使用するパソコンはWindowsからMacへ、開発スタイルは従来型からアジャイル(機能単位で小さくすばやく開発を繰り返していく手法)へと大きく変わりました。

最初は変化についていくのがやっとという状況でした。

半年くらいでなんとか新しい仕事のスタイル、職場に慣れ、新サービスのリリースも成功させることができました。

しかし、順調にいったのも束の間、社長との仕事の進め方や意見の食い違いが生じるようになりました。

ベンチャーということもあり、社長は社長業のほか、メインの開発者としての役割もしており、開発が予定通り進まなくなることも多々ありました。

そこで、社長の進捗管理も私に任されました。

開発スケジュールは社長に考えてもらい、私は進捗を管理するやり方をしていましたが、社長の仕事はほどんど計画通りに進みませんでした。

進捗を管理する私としては、社長に状況を確認し、リスケジュールの提案や優先順位の見直し提案などをそれとなくしましたが、それが社長の逆鱗に触れることもありました。

社長の進捗管理をする中で社長との関係が悪化し、ついには、わずか1年でリストラされてしまいました。

人生のどん底期に突入です。

この突然のリストラは精神的に大きな打撃となり、その後の転職活動にも大きな影響を与えることになりました。

リストラ直後の私は、焦りと不安が交錯し、正しい判断ができなくなっていたのです。

さらに、私は地方に住んでいたため、40代での正社員求人の少なさに直面しました。

IT業界の求人は少しはありましたが、プログラマーやネットワークエンジニアの求人がほとんどで、私が希望するプロジェクトマネジャーの求人は全くありませんでした。

時間だけが過ぎていく状況で、私は異業界への転職も視野に入れて求職を開始しました。

そんな中、学習塾の運営管理職という異業種の求人を見つけ、応募しました。

幸いにも採用となったのですが、実際に働き始めると想像していた仕事とは大きな乖離があり、結果としてすぐに辞めてしまうことになりました。

家庭を支えなければならない立場であり、また住宅ローンの支払いも重なっていたため、一刻も早く新しい仕事を見つけなければならないという焦りが、判断を誤らせたのかもしれません。

3回目の転職はあっけなく失敗に終わり、途方に暮れていました。

この失敗を引きずったまま、なんとか転職活動を再開しました。

ただし、40代での地方での転職活動は甘くありませんでした。

いくつかの求人には応募しましたが、書類選考で落とされることが多く、転職活動は思うように進みませんでした。

正社員としての再就職にこだわるあまり、いつまで経っても次の仕事が見つからないのではないかという不安が大きくなり、ついに方針を変えることにしました。

派遣社員として働くことも視野に入れることにしたのです。

派遣社員としての求人は多くありました。

妻子を養う必要がありましたので、求人の中でも給与の高い会社を選択しました。

そして自動車部品メーカーの工場で、品質保証の仕事をすることになりました。

夜勤もあるハードな仕事でしたが、家族の生活を守るためにも一生懸命に働きました。

妻も地元の企業で働いてくれたので、なんとか生活することができました。

4回目の転職

私はITベンチャーをリストラされ、その後、40代で工場の派遣社員として働くことになりました。

工場での品質保証の仕事や夜勤にも慣れ、仕事は軌道に乗りましたが、派遣社員は契約期間があるため、仕事がいつ途絶えるか分からないという不安が常につきまとっていました。

将来的な生活設計も、ボーナスや退職金制度がないことから非常に不安定で、長く続けられる働き方ではないと感じていました。

そして派遣としての働き方ではなく、正社員として働きたいとの思いが強くなりました。

派遣先の自動車部品メーカーには正社員登用制度があったため、ここで経験を積み、正社員を目指すといったことも考えられました。

しかし、長年IT関連の仕事をしてきたので、IT技術者としてのスキルを活かしたいとの思いもありました。

派遣社員として働き出して半年が経った頃、IT技術者として求職活動をしようかと考えていた矢先、チャンスは訪れました。

私は地元IT企業で働いていた頃に、医療機関(総合病院)へのシステム導入支援のため、半年間常駐していた経験がありました。

その医療機関のシステム導入責任者から、「採用試験を受けませんか」と連絡が入りました。

システム導入支援時の私の働きを評価していることと、自分の職位が上がったため、仕事を任せられる人材を探しているとのことでした。

人との繋がりはほんとに大切だと感じました。

この医療機関では通年採用を行っておらず、定期採用試験を受けることになりました。

受験者の多くは学校を卒業予定の学生さんであり、40代で受験するのは私くらいでしたが、無事、採用となりました。

採用は4月からでしたが、最短で勤務できるよう、すぐに契約職員として働けることになり、派遣社員としての契約更新のタイミングでスムーズに仕事を終え、無事に次のステップに進むことができました。

そして今

医療機関に入職した当初は、病院経営を学ぶのに適した医療事務部門に配属され、外来会計や入院会計などの業務を担当しました。

IT業務に直接携わる部署は存在していなく、システム関連は外部のITベンダーに委託されていました。

私は医療事務の仕事をしながら、システム導入やトラブル対応などを委託先の担当者と一緒に行う機会が増えていきました。

このように、少しずつではありますが、自分の得意分野であるITの知識を活かす機会が再び訪れたのです。

その後、病院内で情報システムを管理する部署が新設され、私はその部署の責任者に任命されました。

医療DX推進のため、新システムの導入やネットワーク管理、セキュリティ対策などを行っています。

さらに現在は医療事務部門の責任者も兼務し、プレイングマネジャーとして楽しく働いています。

自分が転職を通して多くの苦労、挫折を経験を積んできたため、今後はこの経験をより多くの方に伝えていきたいと考えています。

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2024年4月11日